イベントレポート
DE&I推進の現在地
~ 塩野義製薬 河本氏、Cradleスプツニ子!氏と語り合う「今」と「これから」~
塩野義製薬株式会社 × 株式会社Cradle × JAC Recruitment
写真左から、スプツニ子!氏(アーティスト/株式会社Cradle代表取締役社長)・河本 高歩氏(塩野義製薬株式会社 人事部長)・金子 美和子(株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント 執行役員 CCO)
JAC Recruitment(以下、JAC)では、マネジメント適性や意欲、そして可能性のある女性社員が生き生きと強みを発揮できる「多様性のある組織づくり」を推進する「JAC Women’s Empowerment Committee」を運営しています。その活動の一環として、「JAC Women’s Empowerment Salon」を開催。女性活躍推進をはじめとするDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の取り組みについて、さまざまな企業の推進担当者間で学びあい、交流と情報交換を行う場として活用いただいています。
2025年7月24日、第4回 を大阪で開催。塩野義製薬の人事部長としてDE&Iを含む人的資本戦略を推進してきた河本氏、また、誰もが自分らしく健やかに働ける未来を目指し株式会社Cradleを経営するスプツニ子!氏をゲストにお招きし、プレゼンテーション、パネルディスカッション、交流会を実施しました。
ここでは、パネルディスカッションで語られた内容の一部を抜粋し、ご紹介します。
<登壇者紹介>
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- 河本 高歩 氏
- 塩野義製薬株式会社
人事部長
河本 高歩 氏 - 2002 年塩野義製薬に入社後、MR(医薬情報担当者)として岐阜県、愛知県で勤務。2014年 社内公募制度により人事部へ異動し、労政、人事戦略等を担当。2017年シオノギ総合サービスへグループ採用責任者として出向。2019年塩野義製薬へ復帰し、労政・制度責任者を務める。2022年7月より人的資本戦略室長を経て、2024年4月より現職。
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- スプツニ子! 氏
- アーティスト
株式会社Cradle代表取締役社長
スプツニ子!氏 (本名:尾嵜 優美氏) - MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ助教、東京大学大学院特任准教授、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授を歴任。2017年世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」、2019年TEDフェロー選出。第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」、「Vogue Woman of the Year」、日本版ニューズウィーク「世界が尊敬する日本人100」 選出等受賞。2019年、株式会社Cradleを設立、代表取締役社長就任。
<ファシリテーター>
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- 金子 美和子
- 株式会社 ジェイ エイ シー リクルートメント
執行役員 CCO(Chief Communications Officer)
広報・IR部長
Women’s Empowerment Committee Team 4 Leader
金子 美和子
1.「等級」「評価」「報酬」の観点で、人材ポートフォリオを変革
金子:河本さんは塩野義製薬においてDE&Iを含む人的資本戦略推進してこられました。その背景と取り組みをお聞かせください。
河本氏:当社は1878年創業で147年の歴史があり、従業員数が約5,000人います。製薬業界ではこれまでのように、良い薬を作りさえすれば業績が上がるわけではありません。新薬開発だけにとどまらずヘルスケアのプラットフォームを築き、それをグローバルに展開しなければ生き残れない環境になってきました。画一的な人材を揃えるのではなく、これまでの発想だけに縛られない、さまざまな方が活躍できる会社にしなければなりません。そこで、人的資本戦略として、働き方改革、ブランディング活動、人材育成・獲得の高度化を図り、エンゲージメント向上につなげていくことを目指しています。
具体的な取り組みは、「人材ポートフォリオの変革」です。2年ほど前、チャレンジ・やりがいを促進する人事制度に改定しました。
まず「等級制度」です。まず、この人事制度の導入に伴いあらたな等級グレードの基準に応じたグレードに格付けを見直しました。社歴が長い、あるいは過去に活躍をして昇進したが現在はパフォーマンスを維持できていない社員が上のグレードにとどまるのは、歴史の長い会社ではよくある課題だと思います。また、女性は出産・育児が昇格の障害となっている可能性があります。そのほか、年齢などさまざまな属性によって活躍が妨げられているかもしれない。それらの課題解決に向け、ゼロベースで「現在活躍しているかどうか」の観点で、等級定義に照らし合わせて全員のグレードを見直しました。
新たな人事制度では「評価制度」も刷新し、単年度評価でのグレード昇降を可能にしました。現在のパフォーマンスを適正に評価し、役割に合わせた機動的な処遇ができるようにしています。「報酬制度」は、年齢等に関係なく会社への貢献に見合ったものとしました。
こうした再格付け・新制度の運用により、グレードごとの年代分布が大きく変わりました。組合員の最上位グレードに若年層と女性の割合が大幅に増えたのです。特に女性のグレードには影響が表れています。以前は育休の取得、育休からの復職後の時短勤務などにより、昇グレードが遅れていることがあったのですが、新制度下では、組合員の最上位グレードの女性人数が増加しています。また、30代の比率が増えたことで平均年齢が低下しました。
長年の評価で生じたゆがみを見直し、変化を起こすのは大変です。今もまだ、さまざまなバイアスや思い込みは残っているでしょう。しかし、この評価制度を当たり前に繰り返すことによって、本当に活躍している方がそれに見合う立場を得ていけると思います。人事制度改定からまだ2年ですが、今年・来年と、変化を起こした成果がつかめてくるのではないかと考えています。
金子:働き方改革にも取り組まれたとのことです。
この施策の成果の一つとして、女性マネジャーの昇格意識への影響があります。所定労働時間の削減後に育児短縮勤務取得者が約3分の1に減りました。以前の所定労働時間だと、育児中の女性が短縮勤務を選ばなければならず、「短縮勤務している自分はマネジャーなんてなれない」という意識がありました。7時間が所定労働時間になったことで、「フルタイムで働いている」という自信を持てるようになったのです。
分かりやすい指標として「女性」に注目していますが、さまざまな属性の方々が何かしらの要因で活躍を阻害されているかもしれません。見直して変えていくことで、幅広い方が活躍できる環境になっていくと思っています。それを実現できれば、世の中の皆さまに本当に必要な薬を届けられる会社へ成長していけるし、必要な人材の獲得も可能になると考えています。
2.「健康支援」の潮流に変化。多くの企業が研修の導入へ
金子:スプツニ子!さんは、株式会社Cradleの代表として、ダイバーシティ推進、従業員の健康やウェルビーイング支援、介護・育児支援などを手がけていらっしゃいますね。サポートの仕組みを導入して3年で70社以上、しかも大手企業に導入されているとのことです。企業が抱えるこれらの課題と解決に向けての潮流を伺えますでしょうか。
調査によると、生理痛やPMS(月経前症候群)の症状が「仕事の生産性に影響している」と答えている女性は2人に1人にのぼります。そして「女だから仕方ない。当たり前なんだ」という思い込みから、婦人科に相談しないケースも少なくありません。例えば、保険適用されるピルは避妊だけでなく生理痛を和らげる効果があるし、「ミレーナ」などのIUS(子宮内避妊システム)も経血量や生理痛の軽減効果がありますが、ほとんど知られていません。これらの話題はタブー視され、学校でもメディアでも十分に教えてこなかったからです。
ところが昨今は、企業が研修で女性従業員に知識を提供したり、ピル服用費用の補助をしたりと、希望の光が見えてきています。データを取る企業も増えていて、Before-AfterではQOLが向上して仕事のパフォーマンスが上がったという変化も見えています。
また、管理職昇進の時期には、更年期症状で悩む女性が多く、3人に1人が「仕事を辞めようと思った」、3人に2人が「昇進辞退を検討した」と回答しているデータがあります。大変もったいないですよね。
保険適用されるホルモン補充療法(HRT)などの治療法があるのに、日本ではあまり知られておらず、普及率も少ないです。
また、実は当社で最近人気No.1となっている研修が「男性更年期」です。男性も40歳を超えると、ホルモン減少により不調が生じる人がいます。このとき、内科や心療内科を受診しがちですが、泌尿器科で検査するのが正しい。軟膏や筋肉注射で回復することもあります。
企業の研修によってこれらの知識が広がれば、不調を解消し、より生き生き働きやすくなると思います。実際、研修後に「知ったことによって人生が変わった」というアンケート回答をもらうことも多いです。
当社の創業当初は女性向けの研修が多かったのですが、そのころには「女性だけを健康支援するのは不公平ではないか」という声も聞こえてきました。でも、従来の企業の健康支援といえば「メタボ」「禁煙」がポピュラーであり、データを見ると、メタボも喫煙も男性患者比率が高い。決裁権をもつ層は男性が多いので、無意識に自分たちの健康問題を社会全体の課題と捉え、対策をしていたわけです。女性の9割が健康課題に関するつらさを抱え仕事に影響もあるのに、これらの課題は「女性だけだから」とニッチとされていました。けれど今、ようやく日本企業でも女性の健康支援が本格的に広がっていると実感しています。
3.パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、参加者の皆さまへの事前アンケートをもとに、課題意識をもつ方が多いテーマについて語り合いました。
4.<テーマ-1>組織風土の醸成/アンコンシャスバイアスの取り組み
金子:内閣府男女平等参画局が公表した「令和4年度 性別による無意識の思い込みに関する調査結果」によると、性別役割意識は、男性・女性ともに「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」「女性には女性らしい感性があるものだ」「女性は感情的になりやすい」という項目が上位でした。
「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」「共働きでも男性は家庭よりも仕事を優先するべきだ」と考えている人は、年代が上がるほど「そう思う」傾向が強く、男性の20代~40代はおおむね同水準となっています。
一方、「職場では、女性は男性のサポートにまわるべきだ」「男性は出産休暇/育児休暇を取るべきではない」「仕事より育児を優先する男性は仕事へのやる気が低い」という項目については、若年層の方が「そう思う」傾向が強い結果が表れています。 「男性なら残業出勤をするのは当たり前だ」「同程度の実力なら、まず男性から昇進させたり管理職に登用するものだ」など、管理職登用に関するアンコンシャスバイアスは、男性若年層の方が強く、役職が上がるほど強い傾向が見られます。
ただし、いずれの項目も「そう思う」は上位でも2割前後にとどまっています。
河本氏:私は「そう思う」と回答しなかった8割に懸念を抱きます。実は、自分は大丈夫だと思っている人ほど危ない。人間、アンコンシャスバイアスがないなんてあり得ません。
実際、当社が行った人事制度の改定の前でも多くのマネジャーが「きちんと評価している」と言っていましたが、実施、あらためて評価を見直してもらうと、かなりのグレードの見直しが発生しました。「アンコンシャスバイアスはあるものなんだ」ということを研修などで気付かせて、日々認識を持てるようにすることが大切だと思います。当社でも、評価に関するマネジャー研修の中で、「労働時間が長いことを高評価していませんか?」などと投げかけ、思い込みに気付くよう促しています。
スプツニ子!氏:働き方や家族の運営の仕方について、自分の両親をモデルとして、その像に引っ張られている人は多いと感じますね。今は共働き世帯が主流になり、専業主婦世帯の3倍に達します。育休を経験した30代男性は多いし、彼らのパートナーはフルタイムで働いているケースが増えている。しかし、昭和の「専業主婦と結婚した男性」をモデルにした働き方を続ける日本企業に、女性たちだけでなく、若い世代の男性たちも苦しんでいます。ダイバーシティ推進は「男 vs 女」ではなく「昭和の働き方 vs 令和の働き方」なのですね。
40歳ぐらいを境に日本の男性の価値観にシフトが起きているので、40代以上のマネジャーが昭和の働き方を強制すると転職を考える30代男性が増えています。「24時間働けますか?戦士」に頼った働き方を続けることは企業の成長にとってサステナブルではないことに気付くことが重要です。
河本氏:育児をしている・していないにかかわらず、「一定の在宅勤務は認めた上で、出社と組み合わせていく」と、働き方を令和の形に変えていかないと、マインドも変わっていかないかなという気がします。
5.<テーマ-2>管理職候補者の確保と意識向上
金子: 「管理職候補がいない」「管理職をやりたい人がいない」というお悩みの声が多く寄せられています。JAC Researchによる「管理職に関する調査報告書」(2024年12月18日)によると、希望して管理職になった割合は、年代による差異はあまり見られず、男性は相対的に希望して就任する割合が高い結果が出ています。
管理職就任後は、男女とも73.6%が充実していると感じているのですが、20-30代の男性は充実度が低い傾向が見られます。管理職としての悩み・課題だと思う点では、「ストレスが増えた」「部下の育成が難しい」「ハラスメントにならないために気を使う」がトップ3に挙がりました。
スプツニ子!氏:女性は管理職を希望する人が少ないですね。実は女性は自分の能力を実際より低く見積もる傾向があり、これを裏付ける調査・研究データは多くあります。
社会心理学者ブレンダ・メイジャーは、「男性は常に自分の能力とそれにともなう成果を過大評価し、女性は過少評価する」と発見しましたが、実際の成果は男女とも質的にまったく変わらなかったそうです。コロンビア大学のビジネススクールでは、平均的な男性が、自分のパフォーマンスを実際よりも30%高く評価することを発見しています。
ヒューレット・パッカードの研究では、「自社で働く女性たちが社内における昇進の機会に応じるのは、その職務に対して能力的に100%の資格があると思うときだけ」「男性は、自分がその職務に必要な能力の60%しか満たしていないと思っても、喜んで昇進に応じる」と報告されています。
これらの現象は日本だけでなく、欧米でも起きています。それは「ロールモデルの少なさ」が大きな影響を与えています。私は1985年生まれですが、当時の日本のメディアに、女性のビジネスリーダー・政治家・研究者などはほぼ登場せず、「お母さん」か「アイドルや女優」でした。勉強が好きでやりたいこともたくさんあった私は「私は、大人になったら消えちゃうのかな」とすら思ったものです。イギリス人で大学教授だった母から「何にでもなれる」と励まされて今の私がありますが、多くの日本女性には背中を押してくれる存在が少なかったと思います。
ですから、上司の方々には、ステップアップしてほしい女性社員に「3回声をかけよう」と伝えています。「あなたならできると思う」「できるように一緒に頑張ろう」「応援している」と、意識的に声をかけるのが重要です。
河本氏:社内にロールモデルがいても「強すぎる」ことがよくあると思います。「取締役に女性がいるだろう」といわれても「あの人と比べられても」となるでしょう。周りで普通の人が、普通に働けている姿が見えなければ納得できない。そして、背中を押すと同時に「体験させる」ことが大切だと思います。女性も男性も、お試しでマネジャーができるような制度を設けるといいのではないでしょうか。
スプツニ子!氏:裁量権をもったり、自分で方針決めたりする楽しさを体験してもらうのは大切ですね。
6. <テーマ-3>働き方に関する制度と運用
金子:「長時間労働の是正」を課題とする声も多く聞こえてきます。
河本氏:当社は所定労働時間を短縮したほか、裁量労働制をやめてフレックスタイム制を導入しました。それに慣れると、「こちらの方が時間を意識して効率的に働けるよね」という声もでてきました。裁量労働が長時間労働を生み出す温床となっていることもある。本人は不満なく、ただ何となく長く残ってダラダラしてしまうのが一番よくないと思います。
スプツニ子!氏:人間が1日で創造的なアウトプットできるのは3時間ぐらいしかない、というようなデータがありますね。最近、多くの企業が生成AIの活用に力を入れていますが、これらと長時間労働の是正をセットで考えた方がいいと思っています。働き方改革とAIは相性がいい。人事データからアンコンシャスバイアスが見えてくることもありますし、AI推進を働き方改革に役立てることをお勧めします。
金子:リモートワーク導入に際しての課題と解決策についてはいかがでしょうか。アメリカではオフィスワークに回帰する動きも見られますが。
スプツニ子!氏:私は絶対にリモートワークがいいと思っています。オフィス回帰は、一部シリコンバレーのマッチョな企業が打ち出していますが、短期的な成果を出すには良くても、中長期的な従業員エンゲージメントにとってベストかというとそうは思えません。
リモートコミュニケーションは、仕事上のやりとりがデータ化されるので、今後、AI分析をもっと活用できると思います。従業員同士の相性や仕事の進め方の分析が容易になるので、試してみたいですね。
河本氏:極端なオフィス回帰は感情的な部分も大きいように思います。「会社に来てさぼっているのは許容できても、自宅でさぼられると腹立たしい」というような。実際にはどちらかの働き方がすぐれているというわけではないと思います。感情的にマシになるというだけでリモートワークをしない選択をすると、それによって活躍できるはずの人が制限されるというデメリットが生じるでしょう。また、出社で直接コミュニケーションをとることの必要性は会社のビジネス内容や考え方によって異なるのではないでしょうか。会社が自社にとって最適な働き方を模索し、ポリシーに応じてリモートワークを設定した方がいいと思います。
今の日本の労働基準法・労働時間は、昔の働き方をベースにしていると感じています。労働時間の把握・管理だけにとらわれず、「成果」にフォーカスした柔軟な働き方を許容する社会になるといいですね。
スプツニ子!氏:週休3日制も登場してきていますし、働き方が多様化していくといいですね。
金子:ありがとうございました。
本日河本様からご紹介いただいた人事制度や働き方の抜本見直しや、スプニツ子!さんの「昭和の働き方 vs 令和の働き方」という視点や男女問わず健康課題への理解促進など、大変興味深いお話を伺うことができました。今後のDE&I推進にあたってのたくさんのヒントを頂けた会になったのではないかと思います。ご参加の皆さまにとりましても、各職場での課題解消や新たなアクションに向け、ご参考にしていただけましたら幸いです。
この記事の筆者
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