製造業DXとは、「疲れたものづくりからの解放」である

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目次

 

DXとは何なのか

2018年以降、国内で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というキーワードが新聞やメディアで頻繁に取り上げられるようになりました。経済産業省が2018年に『DX レポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~』を発表したことによる動きです。

このレポートのタイトルでも挙げられている「2025 年の崖」ですが、製造業がこれまで長年使用してきた業務システムの老朽化や複雑化といった問題に対処しなければ、2025年以降には年間12兆円の経済的損失をもたらすだろうという警告を意味しています。

このDXというものが何なのか、改めて確認してみましょう。経済産業省が2018年12月に発行した「デジタルトランスフォーメーションを推進するための ガイドライン 」によれば、以下のようになっています。

“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。“

これはざっくり、「ITやデジタルデータを用いて、社会や組織、業務を大きく変革し、経済的な成果を出すこと」だと筆者は解釈しています。業務を手作業からソフトウェアを用いたデジタルな作業に変えることだけではなく、変革を伴って成果を出すことが、ここでいうDXの定義です。また「変革」であって、「改善」ではないことにも着目してください。

単なる改善活動ではない、製造業DX

製造業というのは、言うまでもなく「モノづくり」の仕事です。そのため、設計や製造などモノを作る部門の現場力が強く、かつコストを一番かけるところです。

改善は、日本のモノづくりの現場が得意にしてきたところで、海外からも高く評価されています。その力は今後も生かしていくべきなのですが、その改善力と現場力だけでは、とうとう力が及ばなくなってきてしまい、改革が求められているのが、今の時代であるといえます。

戦後から高度経済成長期までは、「安くて良いモノをたくさん作れば、作っただけ売れる」という大量生産時代でしたが、今は「誰かが欲しいモノを、欲しい数だけ売る」という少量多品種生産やカスタム生産の時代になってきました。設計製造そのものが高度で複雑になってきている上に、世の中や市場の変化も激しくなってしまったのです。

「もっと頑張れ」と、現場にばかりかかるプレッシャーが招く悲劇

会社とは、時代の変化に合わせて成長し、利益を出していかなければなりません。
利益を出すためにはもちろん売り上げを増やすことですが、人件費を含む原価を削減することも効いてきます。

上記で述べた厳しい状況において、「これまでも、それでずっと成果を出してきたのだから」と、従来のやり方そのままで対応していくということは、つまり「現場が“もっと”頑張る」ということになりがちです。例えば、「もっとコストを減らす」「もっと早く作る」、そして「失敗をしないようにする」といったことです。

そうした状況は現場の疲弊を招きます。まず、現場の余裕のなさから起こる、製品の品質低下の問題です。ひどいものでは、品質偽装といった問題にまで発展します。実際、この数年で製造業において品質偽装問題の報道が散見されるようになりました。

また人材面での問題もあります。製造業における長時間労働問題がたびたび報道などでも取り沙汰されていますが、それで心身の健康を害したり、悲しいケースでは自殺に追い込まれたりしてしまうこともあります。そのような深刻な問題まで発展しなくとも、働き甲斐の低下や士気の低下、離職の増加といった問題も起こります。

こうした問題を解消するには、現場レベルでの「頑張る」「改善する」だけでは、明らかに限界があるわけです。つまり会社としての経営のやり方を、これまでより大きく変えていかなければならないということになります。すなわち、それが改革ということになります。

また、それをきちんとやり遂げるには、今の時代、もはや人力だけでは無理であり、IT(デジタル)の力を借りて効率化しなければ、到底無理です。そこで、「製造業DXをやりましょう」というお話になるのです。

誤解を恐れずにいえば、日本における製造業DXとは、「頑張り屋さんたちを楽にして、元気に働いてもらって、誇れるモノを作って届ける環境を作る」取り組みであり、ひいてはそれが日本経済を活性させるのだと筆者は考えます。

 

トップの旗振りと現場の気持ち

製造業でDXが進んでいる会社では、経営者は中期の経営計画と共に、DXの計画を具体的にたて、かつ現場の人たちにも分かりやすくメッセージを伝えられています。また「2025 年の崖」と言われていることから、「10年、20年かけてじっくりやろう」ということはまずなく、1年単位で目標を立て、2025年を迎えるころには社内のITシステムを刷新できるような計画をしているケースが多く見られます。

製造業DXの事例からよく聞こえてくるのが、「会社トップの旗振りが肝心」というお話です。会社のトップが「DXをやるぞ」と声をあげて、お金をしっかりそこに投じるということが、まず大事だということです。一方、経営者が現場の理解が得られぬままに強引に推し進めすぎてしまえば、現場の反感を買い、その結果、うまく推進できないということもあり得ます。

製造業の経営者は必ずしも設計製造の現場経験者とは限りません。それに、現場の全てを細かく把握するのは困難ですし、現実的ではありません。よって製造業DXを推進する際には、経営者が現場とコミュニケーションを取りやすい体制や仕組みを作る必要があります。中堅・大手企業では、推進のための組織を編成したり、定期的に議論する分科会を組んで進めたりといったことが行われます。

また、業務用ITシステムの導入が伴うことから、ITにある程度詳しい人が推進者としてDXプロジェクトを率いる必要があります。推進者の所属は、経営企画室の中であったり、製造部門の一部であったり、さまざまです。DX化の進捗状況に合わせて、組織の編成や配属を変えていくケースもあります。

製造業のDX推進者の場合、設計もしくは製造の実務を長く経験した人がよく配属されます。現場経験があれば、現場の人と心が通わせやすく、かつ現場で日常的に使う言葉で会話できるため、現場の課題やニーズをくみ取りやすくなるからでしょう。そういった人と併せ、ITエンジニアも配属されます。

DXを推進する際は、ソフトウェアだけではなく、サーバも扱うことから、ハードウェアやインフラ、ネットワーク、セキュリティと、一口にITといっても幅広い知見が必要になります。しかしながらITの技術者であっても、その全てを深く熟知しているような人材はまずいません。また、導入するシステム固有の知識もあります。限られた推進者たちで、その全てを網羅することは不可能です。

製造業DXの推進者には、例えば「ITの知識は広く浅くだが、現場知識や経験を持っている」、逆に「インフラやネットワークなどITの特定の分野を熟知し、現場は経験したことはないけれども事情は理解している」というタイプの人がよくいると思います。自分がよく知らない部分は、社内の他の技術者や、社外のソフトウェアベンダーやSIヤーなどのITコンサルタントを頼っていけばよいのです。

DX推進者は、経営者、現場、IT技術者、コンサルタントなど、さまざまな人たちをつなぐハブとなります。バックグラウンドが異なるさまざまな人たちの間で、時にはうまく言葉を翻訳し、的確に伝えていかなければならなりません。よって、柔軟な対応力や器用さ、コミュニケーション力も要求されるといえます。

有名な企業だからといって、IT化やデジタル化が進んでいるとは限らない

政府からのメッセージが出たことで各企業がデジタル化の取り組みへ本腰を入れ、さらにコロナ禍によってそれが加速しています。そのような状況のため、「大手の有名企業は皆、DXの最先端にいるのだろう」と考えるかもしれません。

しかしながら、「それなりの規模の企業だから」「よく知られた企業だから」といって、デジタル化の最先端にいるわけでもありません。また創業が古い企業ほど、ITに取り組み出した歴史が長いほど、DXをめぐる課題が悩ましく、今もなお奮闘中である企業もかなりあります。

例えば、1980年代のうちから高額な予算をかけて内製業務システムを作り、それを長年運用してきたことが枷(かせ)になってしまうことがあります。そのような内製システムは社員の要望にいろいろ応えながら実装していくうちに、プログラムがこんがらがった、いわゆる「スパゲッティ」状態になってしまい、長いこと保守にかかわってきたエンジニアしか改修ができないといったことも起こります。もちろん、40年近く前に当時の価値観や技術で作られた仕組みに、最近になって新規開発された技術の仕組みは追加実装しづらくなります。

「それでは新しい仕組みに入れ替えればいいのでは」という話でもなく、それまで運用してきた業務システムに合わせた業務プロセスが確立してしまっているため、そうするにしても業務プロセスを大きく変えなくてはいけなくなります。大手企業ほどプロパー社員も多く、そういった人は自分のいる業界の事情しか知らないため、変革にはとても苦労することになります。また業務プロセスを大きく変えようとすることが基で、社内から反発を受けることもよくあります。

業界によっても事情は異なります。例えば、自動車業界の最終製品メーカーは、3Dデータでの設計や大掛かりなPLM(製品ライフサイクルマネジメントシステム)導入は当たり前で、VR(仮想現実)システムも積極導入し、製造業の中でもデジタル化の最先端を行っています。一方、消費財メーカー系の企業は老舗企業も目立つ上、卸売先や小売店舗との連絡がFAX中心であるなど業界全体でIT導入に遅れがあることも目立つこともあり、最近ようやくペーパーレス業務までたどり着いている企業もあります。(※)
※筆者注:実際の状況には企業差もあります。

このように、資金や人材が比較的豊富な企業であっても、業界内の経験や知見では対応し切れない課題も、いろいろとあります。異業種のIT企業から非製造のITエンジニア系を採用することで、そういった課題を乗り越えた事例もあります。

製造業DX推進は、働く人を幸せにする仕事である

DX推進者は、いろいろな人を取りまとめ、時にはクレーム処理的な立ち回りもあり、苦労が多いポジションかもしれません。しかし、会社の皆が一丸となって1つの目標に向かっている瞬間を体験したり、システム導入がうまくいって「楽になったよ! ありがとう」と現場の人から感謝されたり、やりがいある仕事ではないかと筆者は思います。

苦労して取り組んだDXの取り組みは、リモートワークなど新しい働き方を推進する基盤となったり、多様性ある人事採用をしたりといったことへもつなげることができます。

さらにデジタル化をするということは、ペーパーレスが推進できるということです。環境問題への関心が高まる中で、環境に配慮した活動ができるという企業が評価される今、大事な取り組みであると言えます。

製造業に従事する人たちを笑顔にするための取り組みとして、製造業DXが広まっていくことを、この世界を取材し続ける1人として願っています。

 

ライター:小林 由美

ライター、編集者。
町工場でのトレースや設計補助、メーカーでの設計製造現場での実務を経験した後、アイティメディア株式会社に入社。「MONOist」の立上げから参画し、月間100万PV以上の業界最大手サイトに成長させるべく尽力した。MONOistの編集記者として約12年間、技術解説記事の企画や執筆の他、広告企画および制作、イベント企画など、幅広く携わる。

2019年には3D設計コンサル企業の株式会社プロノハーツにジョインし、広報・マーケティング担当として従事する傍らで、製造業に特化したライティング事業を展開する。2020年5月に個人事業として独立。

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